今日の一盤(7067番Hホース&Fレッド)

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タイトルの名前の紹介が逆だった。画像の通りFレッド(以下Fと称す)を先にして、Hホース(以下H)を後にすべきなんですね。何故なら相撲の番付けも東が左で西が右、イーストで活躍したFさんが左でウウェストで活躍したHさんが右なのです。
このアルバムはA面がHさん(1952年)のB面がFさん(1955年)で構成されております。どちらもオリジナルは10インチで、それを後日12インチに合わせたものです。
2人は同じ1928年に誕生しました。Fさんは18歳にて陸軍に入隊してピアノを覚え、独学でジャズの道に入ったそうです。ブルーノートに2.3枚有名なのがあります。その後ヨーロッパで活躍しました。まだ存命しているようです。うれしいねー。
Hさんの人生も波乱万丈、生い立ちは裕福、父も母も教会でのお仕事、母はピアノの先生で3才にしてHさんは神童呼ばわりされたようです。10代から1流ミュージシャンと共演し、たくさんのアルバムを出しておりますが2回、空白期間があります。1つは1952年後半から54年まで、それは入隊し日本に駐留しておりました。もう1つは58年から64年まで、麻薬で施設(務所)での更生期間があった。ケネディー大統領の恩赦で釈放されたとか。
プレステッジが、この2人をまとめた訳は如何に?偶然とはいえ、絶妙な組み合わせだなー。
このアルバムが生まれた年は1956年か57年と推定する。時代はその後ハードバップ時代と流れる。そこでの人気ピアニストはSクラーク、Wケリー、Bテモンズ、Rガーランドとか。でも彼らはハードバップの流行の衰退と共に陰を落とした。しかしFさんもHさんも、その後も新しい音楽形式を取り入れながら2人は活躍するのだ。2人に共通するのは、ブルースフィーリングの卓越さとバラードの解釈、メランコリックな表現の旨さ。曲作りのセンス。だろう。
個人的にはHさんには1955年の大名盤トリオでスイングの醍醐味を教えてもらった。それがジャズにのめり込んだ一因である。その後ロックが流行り、一時ジャズの情熱が失速した時代があったがFさんの「パリ アンダー スカイ」というヨーロッパのミュージシャンとのトリオアルバムで感銘し、再びジャズ道に復帰したという思い出がある。2人とも恩人なのです。
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