今日の一盤(スイングビル8番ピー・ウイー・ラッセル)

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60年3月、バンゲルダー録音、PEE WEE RUSSELL(cl)BUCK CLAYTON(tp)TOMMY FLANAGAN(p)WENDELL MARSHALL(b)OSIE JOHNSON(ds)虎の巻より
20年代から活躍してきたクラリネット奏者のピー・ウイー・ラッセルのプレイは、いつもスイングの枠ではとらえきれない突出した個性を感じさせる。モンクなどと共演しても一歩も引けを取らずに持ち味を発揮していったピー・ウイーのウニークでモダンなプレイの魅力が、ここにもよく示されている。69年2月に彼が世を去った後、「メモリアル・アルバム」(7672)がプレステッジから再発されている。(岡崎)
今日のピー・ウイー・ラッセルさんも1906年生まれ(1969年逝去)だから生きていれば110歳。この方もまさしくレジェンドだ。
生い立ちを調べた。正に波乱万丈。裕福な家庭で育ち、幼少時代から音楽教育を受け、はじめはバイオリン。しかし、わがままに育ち、練習に身が入らない。登校拒否は頻繁、もっと真面目な人間になりなさいとばかり、軍隊関係の学校に入ったが中退、それから一念発起、アルトサックスを購入してもらい、プロとして活動開始、メキシコに行ったそうだ。その場所は西部劇そのもの、拳銃を携帯してのものだったらしい。アメリカに帰国、デキシーランドジャズで活躍、この時代のエピソードとしてはマフィアから脅迫を受け、別のマフィアから護衛してもらった、とか、昨今の日本芸能界を先取りするようなエピソードいっぱい。朝からコップ一杯のウイスキーを煽るのがたたって40代で肝硬変リタイア、奇跡的にカムバックしての本作なのだ。デキシーは飽きた、もっとモダンな若手をサイドマンにしろという要望でトミフラがあてがわれた次第。一方のトミフラはこのセッションでのラッセルとの共演に緊張し、そして大変感激したと後に語っている。それほど黒人若手ジャズミュージシャンからはリスペクトを受ける存在だったのだ。この年ラッセルはモンクとも共演している。余談だが晩年は絵画にいそしみ、どの絵も高い評価を受けている。アートのセンスが豊かであったのだ。その真髄が発揮されているのが本作「THE VERY THOUGT OF YOU」、トミフラのイントロに続きラッセルのクラリネットの何とも哀愁の備えている事よ!波乱万丈を潜り抜けた者同士(バック・クレイトンも良し)のため息を聴こうではないか。
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