訃報  フィル・ウッズ 逝く


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ウッズの思い出
能代から東京へ出た時、浪人であった。最初僕は武蔵境に住んだ。今では考えにくい賄い付きであった。そこは予備校から紹介してもらった下宿であった。8畳の部屋をふすまで仕切られた4畳間でした。隣の住人も同じ予備校に通っていた森君といって静岡県は宇佐美の出身で、なかなかおしゃれな男でした。さぞや、僕を変人であり、田舎者と思っておられたであろう。何故なら当時僕の出で立ちは五厘刈りで、丸い眼鏡をしており、そして衿詰めの学生服を着ていたのです。その隣人とは、その内打ち解けて将棋をやったり、お互いライバル視したり、とても貴重な存在な奴でした。その後、会った事がないけど、会いたいね~
朝と夜は飯が来るのですが、ごちそうは来ない。だから外食する飯がやたら旨く思ったものです。
予備校は大久保にありました。通学は中央線です。当然、吉祥寺へは何度も途中下車し、メグやらファンキーに立ち寄ったものですが、一番強烈な存在は新宿のビザールというジャズ喫茶でした。僕は学生運動には無頓着な者だったのですが、ビザールの店内の空気は、そういった闘志らしき者達の気配が感じられ、ちょっとした緊迫した空気が漂っている。吉祥寺には無い、辛口の雰囲気でありました。そこで掛かっていた1枚が画像のやつ。その中の1曲に「サンライズ・サンセット」があり、そのメランコリックなメロデイーに感動したのでした。
ART・FARMER(tp)PHILL・WOODS(as)MARTIAL・SOLAL(p)H・TEXIER(b)D・HUMAIR(ds)68年10月12日録音。
ヨーロッパでの演奏だが、当時60年代後半はアメリカでロックが席巻し、ジャズマンはヨーロッパに新天地を求めて移って行った、そんな中の1枚だそうだ。その後ウッズはロック的な要素を取り入れたヨーロッパリズムマシンを立ち上げている。
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