今日の一盤(生誕50年)

P2250709.jpg
50年前の2月25日(本日)このアルバムが吹き込まれた。
50年というと著作権が切れるので、このアルバムも紐が切れた様に明日から空に浮遊する。
このアルバムは全部で5曲あるが、全てエリック・ドルフィーのオリジナル。
メンバーは、フレデー・ハバード(tp)ボビー・ハッチャーソン(vb)リチャード・デービス(b)トニー・ウイリアムス(ds)・・・プロデューサーはアルフレッド。ライオン録音ルデー・バンゲルダー
所有しているのが日本盤なのでライナーノーツがある。油井正一伝という事で記載させてもらう。(著作権が問題だが)

エリック・ドルフィー(以下ED)は1964年6月29日西ベルリンでわずか36歳の生涯を終えた。EDの死は新聞に伝えられることはなかったが1週間ほどの間に、全世界のジャズ関係者に知れ渡り、衝撃を与えた。
1959年5月、オーネット・コールマンと彼のカルテットは、ジョンルイスの肝入りでニューヨークのファイブスポットにデビューし、賛否両論をまきおこしたが、それからちょうど1年ののち、60年4月にプレステッジに吹き込まれたEDはレコーデング・コンボによる第一作「惑星」(Outward Bound)によって、一躍オーネットコールマン派の瞠目すべき新人として注目を集めることとなった。もしこの1作がなかったら、彼が世の認められるのはずっと遅れたか、あるいは認められぬままにこの世をさったかもしれない。
フリージャズ・・・当時は「前衛ジャズ」とよばれていたが「オーネットコールマンやED」という言葉は前衛ジャズマンの代名詞として使われるようになった。だがオーネットとEDは根本的に違ったミュージシャンであった。オーネットはビッグバンドの1番アルトを吹かせる事は無理だが、EDにはそれができた。もともとEDは本質的にパーカー派から出発し、ビッグバンドで譜面を正しく吹くセクション・プレーヤーでもあった。
オーネットを嫌悪した保守派のミュージシャンが、抵抗なくフリーミュージックを理解できるようになったのは、EDという稀なるミュージシャンを通じてであった。
本アルバムはEDのアメリカに於ける最後のリーダーアルバムとなった。・・・・

今、僕はライナーノートを拙い指さばきでタイプしています。
A面に2回、針を落として、聴きながら。
フリーで、小難しいのですが、品格があるからなのでしょうか?
苦も無く、聴いています。50年の年月を経過して、やっと追い付いたのか。・・・・
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
プロフィール

ジャズカフェモーニン

Author:ジャズカフェモーニン
ジャズカフェ『モーニンのブログ』へようこそ!

カテゴリ
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
天気予報その2
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
訪問者
QRコード
QR